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『オスマン帝国の解体』 鈴木董(ちくま新書)

 
我々が普段あたりまえのものとして捉えている「主権国家」というものが、通史的、通文化的に見るといかに特殊な政治単位であるか、知っているだろうか。
西洋によって意図的に歪めて広められたイスラームのイメージからはほど遠く、イスラーム帝国の、そしてオスマン帝国の元では、多くの民族や宗教や文化が、ゆるやかに統合され、モザイク模様のように併存していた。ムスリムと非ムスリムという差別はあっても民族による差別はない。不利益さえ甘受すれば、改宗を迫られることもない(考えてみると、ローマ帝国でも様々な民族がローマ市民・属州民として共存していたのにも似ているのではないか)。にもかかわらず、たかだか17〜18世紀に力を持ち始めた近代西洋国家が自らのナショナリズムを東洋に押しつけ、民族紛争の種をまき散らしたのだ。
文化・文明とは、宗教とは、民族とは何かを見直し、西洋の呪縛から解放されるきっかけとなる一冊。


前半部分の紹介を少し。(*は小見出しor中見出し)

*文字圏としての文化世界
ここで、文化の拡がりを考えるとき、言語よりも文字が、ある文化の拡がりを端的に示している例が多数見いだされる。ある文化とその拡がりを、内容の面から規定しようとするとき、つねに、あいまいさと主観性が生ずる。これが、文化、文化圏、ないしここでの大文化圏にほぼあたる、いわゆる「文明」の分類と配置に付き議論がたえぬ原因をなす。(中略)
ほぼ同一の言語を母語とする人間集団も、文化を異にすると、各々、自らの母語を異なる文字で表記する例がしばしばみられる。

*アイデンティティと統合と共存の様式
ここで、統合の基礎となる政治的アイデンティティのあり方とその根源もまた、歴史上、様々であった。前近代の西欧カトリック世界やイスラム世界では、宗教がアイデンティティの第一義的根源となり、ある政治単位への帰属は、第二義的意味を持つにとどまった。
これに対し、近代世界においては、ある国家への帰属がアイデンティティの最大根拠たることが求められ、さらに、大多数の場合、ある国家はある民族に立脚するものとされ、国家への帰属意識と共に民族への帰属意識の共有が必須のアイデンティティの根源として求められる。

*水入らずの民族国家への渇望
文化的に同質的であるか、ないしは多文化的ではあるが、単に政治社会内における「国民」としての平等が求められる限りでは、問題はより単純である。しかし、異なる価値体系をもつ文化集団が併存しているところで、政治的、社会的平等のみならず、価値体系についての平等、文化の自由と平等も求められ始めると問題は複雑となる。そして、とりわけ文化的な自由と平等の希求は、しばしば文化的独立への志向、そして、それを保障するための政治的独立への志向へと転化しうる可能性を常に秘めていた。

*多様性の社会の現実
イスラム世界において、このような複雑極まる宗教、宗派と民族・言語のモザイク的分布構造が成立し、今日まで、ある程度、存続しえたのは、前近代のイスラム世界において、宗教を基軸とし宗教も言語も民族も異なる多種多様な人間集団をゆるやかに統合しそれらが共存することを可能とするシステムが存在し、かなりの程度に機能してきたためであった。かつてのイスラム世界の中核をなしてきた中東、そしてかつてイスラム世界の西北端として包摂されていたバルカンなどが、今日、民族紛争のるつぼの観を呈しているのは、前近代には実在し、かなりの程度に機能してきたこのシステムが、「西洋の衝撃」の下で溶解し、これを代替するものが確立していないためなのである。

後半は、オスマン帝国を例にとって、その成り立ちから崩壊までを見ていくことによって、文化世界とネイション・ステイト・モデルの相克を明らかにしていく。

2008年05月07日 [一般] by スオミ - No Trackbacks このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーをはてなブックマークに追加 562

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