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『セックスボランティア』河合香織 (新潮社)

 
【序章 画面の向こう側】
車椅子に乗り酸素ボンベをしょった老人が、若い男性に自慰を手伝ってもらう様子を撮ったビデオの描写というショッキングなシーンから本書は始まる。

このビデオをきっかけに著者は、タブー視されている身体障害者、知的障害者の性について取材を重ねていく。冒頭の老人、掲示板で性の介助者を募集する男性とそれに応えた女性、障害者をターゲットとしたデリヘル、ボランティア経験者をスカウトしてきたホストクラブ、どちらも重い障害を持った夫婦、知的障害者と支援者のための性のワークショップ…。日本の例にとどまらず、オランダの有償セックスボランティア団体、同じくオランダのサロゲートパートナー療法(代理恋人療法)なども取材されている。
ぶっちゃけ論理的な組み立て方ではなく、オムニバス的な雰囲気が強く、自身のとまどいや悩みについても率直に語られている。また、二年半という取材期間の幅を活かして、取材された人々の変化も書きとめられていて興味深い。

【第一章 命がけでセックスしている ― 酸素ボンベをはずすとき】
竹田さんは佐藤さんに風俗店に連れて行ってもらうが、マスターベーションの介助だけはしてもらわない。なぜか。
竹田さんはビデオでこんな言葉を語っていた。
「介護を受けるってことは僕らにとっては最大の屈辱なんだ。我慢してるよ。生きるためにね」

【第二章 十五分だけの恋人 ― 「性の介助者」募集】
「食べることや排泄についてはみんな言いだせるけど、性に関しては何もいえない。一生当然の権利を口に出すこともできずに死んじゃう人があまりに多い。自分が生きていることだけでも迷惑だと思っている。贅沢なのかなと思い込んでいる。その人達をどうしたらいいんでしょうか?

【第三章 障害者専門風俗店 ― 聴力を失った女子大生の選択】
「そのときは何も感じてなかったんだけど、大学には行って入学コンパがあっても、ひとりだけ騒げなかったし、友達もできなかったの。悩みを聞いてもらいに、卒業した高校へ行ったんだけど、先生は『悩みを言う前に、聞こえなくても頑張っている人がいるんだから、お前も頑張れ』と言った。それは正論だけれど、話をもっと聞いて欲しかったんだ。」

【第四章 王子さまはホスト ― 女性障害者の性】
「諦めないといけないことが多いのが障害者です。外に出ると悲しい。同じ年齢の女性がキレイな服を着て、歩いている。私は足が悪くてオシャレもあまりできない。どうして自分はこんな容姿なのかと悲しくなる。食べ物でも味を一生知らなければ、その味を求めて苦しむこともない。性のことも自分とは別の世界のことだと諦めていました。」

「いえ、やはり結婚はしないと思います。私は自分のことだけで精一杯です。例えば、好きな人のためにご飯を作ることも、洗濯をすることもできません。好きな人の悲しい顔を見るのが一番辛いですよね。愛している男性にずっと一生車いすを押してもらうのは忍びないんです」

【第五章 寝ているのは誰か ― 知的障害者を取り巻く環境】
私たちにできるのは、支援を広げるだけ広げておくことです。その結果、例えばですが、複数の人とセックスしたり、シングルマザーになったり、女性に貢いだりすることもあるかもしれない。それでも、自分をひどく傷つけたり、他人に害を与えたりしない限り、いろいろな人生があっていいんじゃないかと思うんです。彼らにだけ、手堅く生きなさいとはいえない。一度きりの人生、責任を負いながらも、自由に自分の生きたいと思った人生を実現して欲しい」

「障害者の性を語るためには、その周囲にいる人たちが自分の性を見つめることから始めないといけません。周囲の人の性に対する捉え方が、すべて障害者への支援に映し出されてしまうから。(中略) ワークショップを行う目的が百あったら、当事者への教育は一か二のみなんです。残りの九十九、九十八は世間と知的障害者の周囲にいる支援者に向けて発信しているものなんです

【第六章 鳴りやまない電話 ― オランダ「SAR」の取り組み】
【第七章 満たされぬ思い ― 市役所のセックス助成】
「事故などで障害を持つと、すべてのことに変化が出てきます」
そう言って、ジムさんは紙に「Bio」「Psycho」「Social」という三つの単語を書いた。
「この三つが、障害者のセックスを阻む大きなポイントです」(中略)
「従来、医師は身体的なもののみを考えて治療してきたので、この三つのコンビネーションを見てきた人はほとんどいなかった。でも、三つの融合を考えることが大切なのです」

【第八章 パートナーの夢 ― その先にあるもの】
「障害者が街をぉ歩いているだけで、おばさんとかに、『ご苦労さぁま』と言われる。心の中では『お前もぉだ』って思うけどぉ」

【終章 偏見と美談の間で】
「最後に誰に会いたい?」と訪ねると、竹田さんは、肉親でも友人でもなく
「ソープランド ノ キョウコ サン」
と言ったという。

私がこの本を読んで感じたこと、考えたことをここに書くことはできない。その代わり、いくつかの部分を抜き出して上に並べた。これらの問題が決して他人事でないのだということだけでも感じてもらえたらと思っている。

※現在は「障害者」ではなく「障碍者」や「challenged」と呼ぼうという動きもあるが、ここでは本書に準じてそのまま「障害者」という言葉を使った。呼び方だけで何が変わるとも思わないが、意味がないとも思わない。


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