竹田さんは佐藤さんに風俗店に連れて行ってもらうが、マスターベーションの介助だけはしてもらわない。なぜか。
竹田さんはビデオでこんな言葉を語っていた。
「介護を受けるってことは僕らにとっては最大の屈辱なんだ。我慢してるよ。生きるためにね」
「食べることや排泄についてはみんな言いだせるけど、性に関しては何もいえない。一生当然の権利を口に出すこともできずに死んじゃう人があまりに多い。自分が生きていることだけでも迷惑だと思っている。贅沢なのかなと思い込んでいる。その人達をどうしたらいいんでしょうか?
「そのときは何も感じてなかったんだけど、大学には行って入学コンパがあっても、ひとりだけ騒げなかったし、友達もできなかったの。悩みを聞いてもらいに、卒業した高校へ行ったんだけど、先生は『悩みを言う前に、聞こえなくても頑張っている人がいるんだから、お前も頑張れ』と言った。それは正論だけれど、話をもっと聞いて欲しかったんだ。」
「諦めないといけないことが多いのが障害者です。外に出ると悲しい。同じ年齢の女性がキレイな服を着て、歩いている。私は足が悪くてオシャレもあまりできない。どうして自分はこんな容姿なのかと悲しくなる。食べ物でも味を一生知らなければ、その味を求めて苦しむこともない。性のことも自分とは別の世界のことだと諦めていました。」
「いえ、やはり結婚はしないと思います。私は自分のことだけで精一杯です。例えば、好きな人のためにご飯を作ることも、洗濯をすることもできません。好きな人の悲しい顔を見るのが一番辛いですよね。愛している男性にずっと一生車いすを押してもらうのは忍びないんです」
私たちにできるのは、支援を広げるだけ広げておくことです。その結果、例えばですが、複数の人とセックスしたり、シングルマザーになったり、女性に貢いだりすることもあるかもしれない。それでも、自分をひどく傷つけたり、他人に害を与えたりしない限り、いろいろな人生があっていいんじゃないかと思うんです。彼らにだけ、手堅く生きなさいとはいえない。一度きりの人生、責任を負いながらも、自由に自分の生きたいと思った人生を実現して欲しい」
「障害者の性を語るためには、その周囲にいる人たちが自分の性を見つめることから始めないといけません。周囲の人の性に対する捉え方が、すべて障害者への支援に映し出されてしまうから。(中略) ワークショップを行う目的が百あったら、当事者への教育は一か二のみなんです。残りの九十九、九十八は世間と知的障害者の周囲にいる支援者に向けて発信しているものなんです
「事故などで障害を持つと、すべてのことに変化が出てきます」
そう言って、ジムさんは紙に「Bio」「Psycho」「Social」という三つの単語を書いた。
「この三つが、障害者のセックスを阻む大きなポイントです」(中略)
「従来、医師は身体的なもののみを考えて治療してきたので、この三つのコンビネーションを見てきた人はほとんどいなかった。でも、三つの融合を考えることが大切なのです」
「障害者が街をぉ歩いているだけで、おばさんとかに、『ご苦労さぁま』と言われる。心の中では『お前もぉだ』って思うけどぉ」
「最後に誰に会いたい?」と訪ねると、竹田さんは、肉親でも友人でもなく
「ソープランド ノ キョウコ サン」
と言ったという。
* コメントにURLを書くとブロックされます。
(私が気付いたときは解除されることもありますが。)
* スパムブロックのため、コメントの反映に時間がかかることがあります。