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両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム 寺山修司 (文化出版局)

 
これも人から勧められて読んだ本。寺山修司の著作からの引用集です。
石川啄木ほど楽しめるものではありませんでしたが、ところどころニヤリとしたり納得したり。

私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである。

私は、現代人が失いかけているのは「話しあい」などではなくて、むしろ「黙りあい」だと思っている。

私は化粧する女が好きです。そこには、虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられます。

たのしいセックスができることは、ダンスや歌がうまかったり、絵に優れていたり、演技が上手だったりするのと同じようにその人の教養であり、才能でもあるべきです。

機械というのは女房にはならないけれど、情婦にはなり得る。

賭けない男たち、というのは魅力のない男たちである。彼らは、つねに「選ぶ」ことを恐れる。そして賭けないことを美徳であると考えて、他人並みに生きることを幸福であると考えている。(だが、彼らだって自分で気づかずに何度も人生上の賭博をしてきているのであり、ただ自分が勝たなかったということを自覚していないだけなのである)

ちなみに、この本で読めない字がでてきました。一度目はスルーしたんですが、二度も出てくると気になるので調べてみました。なるほどー。
桎梏 (しっこく)
〔手かせと足かせの意〕行動・生活などの自由を厳しく束縛するもの。梏桎。(goo辞書より)


2006年02月15日 [エッセイ・詩集] by スオミ - No Trackbacks このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーをはてなブックマークに追加 2294

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