“オッカムのかみそり”という、古くからの格言がある。事実に即したもっとも簡単な説明がたいてい正しい、というものだ。これは、ビル・バスが死後経過時間の推定を113年も間違えたというシャイ中佐事件での言葉。どうしてそんな途方もない間違いをしでかしたのかはぜひ読んでみてほしい。そして、この事件が死体農場をつくるきっかけとなったのだ。
まっさきに燃えるのは四肢だ。他の部分より細く、酸素のとりまかれているため、たきつけのようにすぐに発火して燃えはじめる。数百度という比較的低い温度でも、皮膚はたちまち黒ずみ、皮下脂肪がこげて、数分後には皮膚が裂けて肉が燃えだす。それに伴って気味の悪いことがおこる。四肢が動きはじめるのだ。手足はにぎりしめるように内側にまがり、腕は肩にむかって巻きあがる。足はわずかに開き、ひざがまがる。これは生物の力学的構造と筋肉の力によっておこる。屈筋、つまり四肢の関節をまげる働きをする筋肉は、伸ばす働きをする伸筋よりも強い。筋肉と腱は焼けて水分がなくなると、グリルにのせたステーキのように縮む。そのとき屈筋が伸筋を圧倒するため、四肢が曲がるのだ。
その結果、遺体はリング上のボクサーのような体位になる。そのため、これは「拳闘家姿位」と呼ばれる。絞死による死体が紫色をして舌がふくれあがっているのと同様に、焼死体は必ずこの姿勢をとっている。ただしそれは四肢が自由にまげられる状態であることが前提で、もし腕が背中でしばられていたりおさえつけられたりしていれば、まがらない。したがって焼死体の腕がのびていれば、それは被害者が監禁、または拘束されていた可能性を示す重要な手がかりとなる。
まず膨張して悪臭をはなつ死体を、施設に通じる砂利道の先におく。死体は木ややぶに隠れて見えないようにする。前日に、死体から約十メートルの間隔で目印をつけておく。当日、実験台の学生たちにひとりずつ砂利道を歩いてもらう。「何かのにおいを感じたらいってくれ」とだけ指示しておく。私はクリップボードをもっていっしょにいき、学生がにおいを感じた地点に相当する欄にチェックをつけていく。死体に近づくにつれ、学生は深く息を吸い、集中しはじめる。だがほとんどの学生は、死体から二十メートルから十メートルの距離にくるまで、何もいわない。ここまできてはじめて鼻にしわをよせて、「うぇ、ひどいにおいがする」といいはじめる。
アーサー・ボハナンは今回も、遺体の手で大当たりをとった。手にわずかに残っていた皮膚は水につかっていたためにふやけ、腐敗し、もろくなっていた。アーサーはそれをアルコールにつけて固くし、水気をとった(逆に皮膚が乾燥して固くなっている場合は、ダウニー社の生地柔軟仕上げ剤にひたす。そのメーカーは、自社の製品がミイラ化した人間の皮膚でさえやわらかく、かぐわしいものにすることができるのを知ったら、さぞ喜ぶだろう)。
あまり知られていないが、公衆衛生総局の管轄下にD-MORT(災害死レスポンスチーム)と呼ばれる組織がある。検屍官、法歯学者、捜索犬のハンドラー、法人類学者、葬儀屋など、何らかの形で死とかかわる専門家からなるこのチームは、航空機墜落事故など、多数の死者がでた事件の現場へ出動する。
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