最近のミスコピーで気になっているシリーズがある。旧字や旧仮名遣いで書かれた日記様のもので、戦後の東京の様子を描いた小説か何かなのだが、それが数日あけて時々ミスコピー入れに入っているのだ。数ページずつ繋がっているのでついつい読んでしまい、ずいぶんたまったので、これが一体何なのか調べてみた。登場人物しか手掛かりがなくて少し苦労したが、井上ひさしの『東京セブンローズ』という小説だということがわかった。
いろいろつなぎ合わせて想像したり調べたりして楽しむのがミスコピーの醍醐味なので、あえてミスコピーからわかる範囲で紹介することにする。
これは中山信介という人物が日記を書いている、というスタイルの小説で、舞台はアメリカの占領下の東京、根津のようだ。
300頁ぐらいと覚しきところで(ページも切れてて見えないのがあるのだ)、彼は、警視庁官房文書課分室でガリ版切りの仕事をしていることがわかる。彼は空襲を恨んでいるのだが、娘の文子はアメリカ軍の少佐とつきあい始めたようだ。彼は何かの容疑で軍に逮捕されてしまうのだが、文子が恋人に働きかけて、牢から出してもらえた。後でそれを知った彼はひどく腹を立てて娘をぶってしまう。
面白かったのは、数寄屋橋から有楽町にかけて、何組もの学生達がガリ版刷りの英会話の手引きのようなものを配っているシーン。そのひとつ見てみるとこんな感じだ。
グモニン
ハイユ
サンクス
ワユゴイン
トスク
シーユーアフヌン
…だいたい想像が付くが、「トスク」って何だ?
と思って読み進めると、“To school.”だって。
ウエキアプ
ワタイム・イズトナ?
イツ・ナイン
レミ・スリプ・モー
この辺はいい。わかる。
「イズトレイン・アウサイ?」は、“Is train outside?”かと思ったら“Is it rain outside?”だった。うーん、そりゃそうか。
「ザ・ビーン・スープ・ゲテンコル」は、“The bean soup getting cold.”だそうな。ゲテンコルわかんねー。
慶應義塾大学英会話研究会なんとかが作っているものらしいが、このあたりはずいぶん楽しめた。
とはいっても、彼は仕事柄機密に近いところにいるので、いろいろな現実を見る機会も多い。アメリカの憲兵や食い詰めた元日本兵士らによる犯罪が急増しているのに、総司令部が「そんな事実はない」と日本警察に文書を送ってきたりするのを見かけたりもする。漢字やかなを廃して日本語をローマ字表記にするべきだ!と主張するホール少佐に反論を試みたりもする。
他にもいろいろなエピソードがあってとても書ききれないが、ここに書かれていることはほんとうに戦後の東京であったことなんじゃないか…と思わせるには充分すぎるほどリアルな描写が続く。
599頁でようやく「東京セブンローズ」という名前が出てきた。青山氏がいうに、七人の美女によって結成されたグループの名前らしい。(面倒なので、仮名遣いや漢字は現代のものした。)
「第一のバラは、噂では三十六、七歳、浅草の芸者上がり。長年磨きをかけたその技巧で、GHQの高官たちに人気があるらしい」
美松家のお仙ちゃんのことか。
「第二の薔薇は、これも噂では三十一、二歳、北関東の舊家の未亡人。女優にしたいような美貌の持主で、しかも高等師範という女子にしては最高の教育を受けており、GHQの佐官級の用心要人たちの想い者」
ともゑさんのことをいっている。なんてことだ。
「第三の薔薇。これまた噂では十八、九歳。大きな商家の娘。空襲で家族その他すべてを失った。小柄で可憐、少女のように初々しく、GHQ要人達の垂涎の的」
牧口可世子さんだ。それにしてもこの男は角のお仙ちゃんのところにいるあの七人の経歴をどこで知ったのだろう。、七人とも普段は地味な形(なり)をしているはずなのに、いったいだれがその素性を…
これが私の読めた最後のページだ。
可世子さんは、最初の方(といっても私が読んだ最初の方だから300頁ぐらいだろうが)で、信介に帝国ホテルでコンパニオンをしていると話し、帝国ホテルでコーヒーをごちそうしているシーンがあった。そこに出てきた武子、文子、芙美というのもセブンローズの一員ではないだろうか。
うーん、どうにも続きが気になる。幸いにも、ほんとうに戦後に書かれたものではなく、1999年に文藝春秋から発売されたものなので、地元の図書館にもおいてある。近いうちに読んでみよう。
(2009.12.3 追記)
今日も続きを拾った。前回は599頁までだったが、今日は624頁から。
中山信介は、漢字や仮名を廃してカタカナオンリーにするのがいかに素晴らしいことかを説いたホール中佐(少佐から昇進したらしい)の論文を読まされる。信介は怒り心頭、「バカ言っちゃいけねぇ」「うちの向かいの新聞記者にも意見を伺うよ」と捨てぜりふを残して帰ったのだが、その後、まんまと嵌められてまた牢屋にぶち込まれてしまった。
これはホール中佐の陰謀かと思ったら、どうも東京セブンローズが仕組んだことだったようだ。(ちなみに、文子だけでなく武子も信介の娘だったことがわかった。)
とはいっても、セブンローズは決して信介の敵というわけではなかった。むしろ、GHQを罠にかけようとしている・・・?
いやー、また続きが気になる。