もし分かっていたら書きません。分からないからこそ、どうしてこのようになっているのだろうと言葉をひとつひとつ列ねながら考えていく。この過程が小説になるという直感は最初から私にはありました。分かっていることを書くことが小説になるのなら、たとえば現職の警察官はいちばん優れた警察小説の書き手になるのだろうし、現職の弁護士はいちばん面白い裁判小説の書き手になるはずです。そうはならないのが小説です。
このように小説は自分が知っていることを使ってストーリーを組み立てていく物ではなく、その逆で自分が知らないことをいかに提示してなぞっていくか、そして知らないということをいかに伝えるか、そこにかかっているのです。なぜなら小説は知らないこと、どこまでも分からないことを言葉にすることによって、不思議や謎を発見します。同時に希望や絶望も発見します。

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