今国会での強行採決が18回、というニュースをTVでやってました。ちょっと書きたいと思うことがあるので、またあとで。
(追記)
何が言いたいかというと、多数決主義と民主主義は違うという話。
多数決主義というのは多数者の意見が通る世界で、少数者の意見は無視されます。
民主主義は、ちゃんと語ろうとすると教科書数ページ分になるのでしょうが、ここで私がいいたい側面は、議論によって結論を導き出す世界だということ。そして、そのためには、言葉によって相手を説得できる、議論によって結論が変わりうるということが必要です。そしてそれは、単に「利益と利益の衝突を単に調整し、妥協する、落としどころを探るというやり方とは質の違う対話のあり方」であることに注意しなければなりません。私の利益を尊重しろ、という主張ではなく、こうするのが正しい、という主張であるべきなのです。そして、その「正しいことである」という主張は、「この利益が今の文脈の中では私の利益であるが、立場が変わって、この利益の尊重によって不利益を受ける立場に立たされたとしても、その利益の主張を尊重することが正しいことと私は認めますよ」ということなのです。(引用は『公共哲学 11 自治から考える公共性』 P358より)
こう考えてくると、今の日本は民主主義ではありません。多数決をできレースで装飾しているだけの醜悪なまがい物です。強行採決は、その装飾すら捨ててしまって本来の顔が見えた瞬間でしょう。
私は政治や経済には疎いし、こんなことを語る柄でもないのですが、たまたま公共性について考える機会があったところにこのニュースだったので、言わずにはいられませんでした。
どうして日本は民主主義の輸入に失敗したのか、という話もあるけどそれはまた機会があったら。