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『自閉症』 藤居学(そらパパ)・神谷栄治 (新曜社)

 
正式タイトルは『自閉症―「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育』。
自閉症のメカニズムはまだ解明されていない。本書は、認知心理学的アプローチの新しい出発点としてギブソン理論(アフォーダンス理論)に注目し、「一般化障害仮説」および「生態学的相互作用障害仮説」を提唱している。そして、それらの仮説で自閉症の各特徴が説明できるか検証し、また、それらの仮説に基づいた療育方法の検討を行っている。

こう書くと難解な本かと思われるが、理論の中身は、その前提となる理論も含めて非常にわかりやすく説明されており、認知科学や複雑系について何も知らなくてもこの仮説を容易に理解できる。というのも、これは研究者や学生に向けて書かれたものではなく(もちろん、それらの人々にインスピレーションを与えられたら…という目的はあるが)、実際に自閉症児者と関わる親や保育園・幼稚園・学校の先生達に向けて、そして、自閉症児者をとりまく「環境」としてすべての人々に理解を訴えかけることを目的としているからである。(自閉症児の父と臨床心理士の共著というのも、この本のわかりやすさの理由かもしれない。)

以下、忘れっぽい自分のために、内容を少しだけメモしておく。

ギブソン理論では、人は「脳内にバーチャル世界を再構成する」のではなく、「感覚入力に簡単な計算を加えて環境から情報を取り出す」のだと考える。そして、脳が世界を認知するためにアクセスするのはあくまで現実の世界なのだと考え、このとき脳が行う処理は、環境の中にある利用可能なりソースを知覚して利用するということなのだ、いうのである。この、環境の中に存在する利用可能なりソースのことを「アフォーダンス」という。
そしてそのアフォーダンスは、知覚する主体によって異なるというのがポイント。(疲れたから座りたい…と思ってあたりを見回したときに、大人にとって高さ80cmの手すりは「座る」ことをアフォードするが、子供にとっては高すぎてアフォードしないという例。)
そして、アフォードしないものは知覚されない、つまり存在しないのと同じである。健常児にとって周囲の人間は、自らの欲求を満たしたりするために「関わり合う」ことをアフォードするが、重度の自閉症児にとっては何もアフォードしない物体にすぎないかもしれない。
そして、このような各個人ごとの「アフォーダンスのずれ・アフォーダンス知覚の困難さ」を最小化し、どんな人にとっても同様のアフォーダンスが容易に知覚され、利用できるように見た目や操作性を調節するような設計方針のことを「ユニバーサル・デザイン」と呼びます。

この本の仮説は、
自閉症の障害の本質には、環境から情報を「抽出」する過程と、取り込んだ情報をふるい分け再構成して、新たな環境にも応用できるようにルール化する「一般化」の過程のアンバランスがある
というもの。
抽出された情報を処理しきれず一般化できない→環境との相互作用に失敗する(環境からリソースを取り出せない)→「(生態学的)ニッチ」(生きる場所)が狭まるというような感じか。
結果として自閉症児者はきわめて貧しいリソースしかないニッチに隔離され、豊かな環境から断絶した状態に追い込まれます。
この「豊かな環境からの断絶」という視点はきわめて重要でしょう。この観点からは、「自閉」症という名所宇和私たちの世界から解釈したある種の傲慢さにあふれており、当の自閉症児者から見れば、むしろ「閉じている・アクセスを拒絶している」のは環境のほうなのだ、ということが分かってきます。自閉症とは、「環境リソース知覚の発達障害」でもあるのです。


あとは、散発メモ。
自閉症児者にとってある課題が易しいか難しいかは、その課題の非線形性分離性がどの程度であるかという視点から定量的に計測できる可能性がありますし、私たちが自閉症児者のために課題を設定したり環境に介入したりするときには、課題の非線形分離性をその自閉症児者の能力に即して調整することが有効な方法になると考えられるのです。

つまり、心の理論課題というのは、心を読むといった特異な能力をテストしているというよりは、単に複雑な階層的関係性をもった非線形分離課題が解けるかどうかという、一般的な認知スキルをテストしているだけなのではないかという可能性が見えてくるのです。

別の見方をすると、自閉症児の快適な生活・人生のためには、一生を通じた環境への働きかけ、構造化のサポートが求められる、ということでもあると思います。
たとえば学校でさまざまなスキルを学んで卒業したとしても、その後は生活のすべてを構造化などの配慮のまったくない複雑な社会の中で過ごさなければならなくなったカナー型の自閉商社は、ほどなくさまざまなスキルにおいて「一般化のオーバーフロー」を起こしてしまい、せっかく身につけたスキルをどんどん失っていってしまうかもしれません。

この仮説が広く研究・検証されることを祈りつつ。

2007年07月20日 19:39 [一般] - No Trackbacks このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーをはてなブックマークに追加 3326

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