そして、このような各個人ごとの「アフォーダンスのずれ・アフォーダンス知覚の困難さ」を最小化し、どんな人にとっても同様のアフォーダンスが容易に知覚され、利用できるように見た目や操作性を調節するような設計方針のことを「ユニバーサル・デザイン」と呼びます。
自閉症の障害の本質には、環境から情報を「抽出」する過程と、取り込んだ情報をふるい分け再構成して、新たな環境にも応用できるようにルール化する「一般化」の過程のアンバランスがあるというもの。
結果として自閉症児者はきわめて貧しいリソースしかないニッチに隔離され、豊かな環境から断絶した状態に追い込まれます。
この「豊かな環境からの断絶」という視点はきわめて重要でしょう。この観点からは、「自閉」症という名所宇和私たちの世界から解釈したある種の傲慢さにあふれており、当の自閉症児者から見れば、むしろ「閉じている・アクセスを拒絶している」のは環境のほうなのだ、ということが分かってきます。自閉症とは、「環境リソース知覚の発達障害」でもあるのです。
自閉症児者にとってある課題が易しいか難しいかは、その課題の非線形性分離性がどの程度であるかという視点から定量的に計測できる可能性がありますし、私たちが自閉症児者のために課題を設定したり環境に介入したりするときには、課題の非線形分離性をその自閉症児者の能力に即して調整することが有効な方法になると考えられるのです。
つまり、心の理論課題というのは、心を読むといった特異な能力をテストしているというよりは、単に複雑な階層的関係性をもった非線形分離課題が解けるかどうかという、一般的な認知スキルをテストしているだけなのではないかという可能性が見えてくるのです。
別の見方をすると、自閉症児の快適な生活・人生のためには、一生を通じた環境への働きかけ、構造化のサポートが求められる、ということでもあると思います。
たとえば学校でさまざまなスキルを学んで卒業したとしても、その後は生活のすべてを構造化などの配慮のまったくない複雑な社会の中で過ごさなければならなくなったカナー型の自閉商社は、ほどなくさまざまなスキルにおいて「一般化のオーバーフロー」を起こしてしまい、せっかく身につけたスキルをどんどん失っていってしまうかもしれません。
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