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『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』 香山リカ

 
診察室にやってきた若い女性が、じっと黙ったままこちらを見つめている。相談内容について聞いても黙ったまま。三度問いかけると、溜息をついて「わかんないですかあ? ここ、精神科でしょう? だったら先生、私が何を悩んでるかくらい、わかるんじゃないの? こっちが話さなければわからないんじゃインチキじゃん。私、自分の前世について知りたいんですよ。そこに問題があると思うから」と言われた、という香山リカの経験談からこの本は始まる。

スピリチュアルのカリスマ達を紹介し、オーラだの前世だのというスピリチュアルがなぜこれほどまでブームになっているのかを分析した本。私はスピリチュアル・ブームも江原氏も知らなかったので、たいへん興味深く読めた。


最近はテレビでもスピリチュアルが高視聴率をとるような時代。科学者がスピリチュアルに言及しても別におかしくない、むしろ、「学者さんが認めてるんだからスピリチュアルは信頼できる」という風潮。筑波大の名誉教授で世界的にも著名な遺伝子工学者 村上和雄氏、ソニーの研究所でCDやAIBOの開発に携わった天外伺朗氏、経営学の研究者 飯田史彦氏などが紹介されている。
以前なら、学者が「霊魂の世界は実在する」などと言い出したら、その著作は「トンデモ本」と呼ばれ、その学者はアカデミズムの世界でも居場所を失ったはずなのだが、いまはそうではない。市場主義の法則に従えば、正しいことより多くの人に支持されること、ありていに言ってしまえば、売れることのほうが価値が高いからだ。

現代のスピリチュアルは、自分が幸せになれることしか考えない。自分がより快適になることで相対的に他人が不幸になる可能性については全くフォローされない。
たとえば、スピリチュアルな波動やパワーを使って「ステキでリッチなあの彼が手に入りますように」と願い、それが実現されたとして、その陰には恋人を奪われて泣く女性がいるのかもしれない。しかし、現代のスピリチュアルではそこへの配慮は不要らしい。もし、泣く女性が「私も幸せになりたい」と願うなら、彼女は彼女で別のスピリチュアル本なり何なりを見ればいい。その基本にあるのは「自己責任」の姿勢なのである。

とはいっても、その自己責任というのも実はかなり怪しい。
江原氏の読者の中心層と思われる二十代から四十代の女性たちは、とかく内向き志向で自責的になりがちだが、自己責任ですべてを引き受けるほどの強さはなく、どこかで「悪いのはあなたじゃない」「そのままでいい」と、許され、受け入れられることも望んでいる人たち、とまとめることもできるだろう。

宗教は基本的には利他的であるし修行などの努力が必要だからやってられない、とにかく癒されて楽しい気分になりたい、というのがスピリチュアル。実はこれはオウム真理教と連続性のあるものなのだが、そんなことを言うとたいていの人は「あんなのと一緒にするな!」と言う。
連続性を考えずスッパリ分離できてしまうのは、明快な二者択一が好まれる風潮と通じるのではないか。
そして、それこそが小泉圧勝の重要要素なのではないか、と分析している。
本当かどうかは別にして、とにかくむずかしいことは抜きで、明るい気持ちにしてもらえる。希望が与えられた気分になれる。小泉前首相のことばは、まさに人々をこうした「気分」にすることができる不思議な力を持っていた。

小泉との懇談会「らいおんミーティング」に参加した女性達の感想を紹介し、
いずれも、小泉首相の話の内容や政策にではなくて、その「オーラ」「丁寧な対応」「やさしさ」にワクワクし、感動した、と語っているのだ。ここでも大切なのは、小泉首相は瞬間的に人をそういう「気分」にできる人であり、だからこそ「すばらしい」と支持されている、ということだ。
という。
そしてその人達は、首相にだけではなくて、わかりやすい科学を語る人やスピリチュアル系のカウンセラーにも同じことを期待する。
「だましてほしい」とまでは言わないが、とにかく明るい気持ちにしてもらいたい。希望や感動を与えてもらいたい。私だけそういう「気分」になれれば、他の人のことまでは知らない。そしてそうしてくれるなら、その内容や真偽のほどは問わないことにしよう…。

そういう価値観が、今のスピリチュアル・ブームを支える最大の要因になっているという。裏を返せば、それくらいいまを生きる人々は日常生活の希望や感動に飢えているということかもしれないと。
たしかに、「いまの人生はあまりにつらいので、せめて前世では武将だったと思わせてくれ」「死後の世界で愛する人たちに再会できると信じさせてほしい」と願う人たちに、「それは科学的に証明されていないから、本当とは言えません」「あの霊能者は、本当に前世やオーラを見ているのではなくて、適当なことをしゃべっているだけかもしれませんよ」などと告げることが、何の救いにもならないことは言うまでもない。
しかしそうだとすると、いまや「科学的真実」の意味などどこにもない、ということになるのだろうか。

スピリチュアルがメジャーになり、多くの人に受け入れられるようになってきたところで、江原は靖国問題などの政治的社会的問題に言及するようになってきた。しかし、ファンには「江原さんがそういうなら私も戦争反対!」と肯定されるわけでもなく、「そんな人だと思わなかった」と否定されるわけでもなく、ひたすら無視されている。「そんなことより、私のオーラは何色?どんな仕事につけばいいの?」といった感じ。マスメディアもまったくとりあわない。
しびれを切らした私は、靖国問題に取り組んでいるテレビ局の何人かの知人に「江原氏にインタビューしてはどうか」と持ちかけたのだが、「霊とかオーラとか言ってる人が出てきたら、番組じたいの信憑性を疑われる」と一笑に付された。
しかしそういう人たちの作る番組では、指揮者や政治家たちが「首相が参拝しても英霊は喜ばない」「A級戦犯も分祠を望んでいるのでは」などと、まじめな顔で語っているのである。「霊が喜ぶか否か」を基準にこの問題の是非を論じようとしている彼らのほうが、よほどスピリチュアルに見えた。

江原氏がいくら内向き志向の人たちの意識を外に、社会に、向けさせようとしても、男性は「うさんくさい」と笑って相手にせず、女性は「そんなことより私の恋愛について教えて」と言うばかりなのである。

もはや利己主義、現世主義に打つ手なしなのか。スピリチュアル・カウンセラーにも見捨てられたら、人々はどこに向かうのだろうか。

というわけで、みなさんはスピリチュアルにハマってますか?
私自身は、ハマる素因があると思うのに、なぜか全然ハマらない。現実はもしかしたら、現代的スピリチュアルじゃなくて、古典的スピリチュアル系なのかも。
幸せになりたいと思うことだってなくはないし、占いも好きだけど、それは私の現実にはなにも影響しない。まだ私は努力でどうにかなる世界に生きてるってことなのかなぁ。自助努力ではどうにもならない境遇になったらスピリチュアルにハマるのかなぁ。でも、自助努力でどうにもならない、と思う時点でもう負けてるんじゃないかなぁとも思う。もしかしたら、私と同じ境遇でも「自助努力ではどうにもならない」と諦めてしまってる人もいるかもしれない。でも、あきらめたらそこで試合終了だよ?

2007年08月31日 [一般] by スオミ - 1 Trackback このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーをはてなブックマークに追加 1931

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( 2/09/07)


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