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『子どもを理科好きに育てる本』 中野不二男

 
子どもは親を見て育つ。だから、子どもを理科好きに育てるには、まず大人が理科好きになろう!ということ。
でも、分別くさいことをくどくどいうわけではなく、著者自身がまるで子どものように科学や自然や歴史に興味を持ち、楽しんでいるのががんがん伝わってくる楽しい本。

1996年7月17日に起きた台湾ワールド航空ボーイングB747、TWA800便 空中爆発の謎を解き明かすディスカバリーチャンネルの話、同じくDCから蒙古襲来の謎、犬は色盲じゃないみたいだよ…?という自由研究、太平洋戦争中にオーストラリアで起きた日本人捕虜の自決暴動「カウラ事件」など、疑問を丁寧に追っていく過程が描かれ、こちらまでわくわくしてくる。


いつから民放はつまらないお笑いやバラエティばかりになってしまったんだろう。ノーベル賞を受賞しても報道されるのは人柄や子どもの頃のエピソードなどばかりで、肝心の研究内容については何も報道されない。せっかくなんだから、研究内容をわかりやすくCGなどで説明すればいいのに…そうすれば、その影響は計り知れないだろうに…と著者はいう。
だが、そのようなことは、期待できるはずがない。視聴率や制作費という経済の論理が支配している以上、やむをえないことなのだろうが、それが日本の現在の“空気”である。高密度の理科苦手意識が充満した空気なのだ。そして私たち親には、それを変える力などない。

このテレビや視聴率、経済の論理というあたりでは、先日読んだ香山リカの『テレビの罠』が思い出された。もしかしたら、今のバカみたいなお笑いやバラエティブームも実は誰もたいして望んでないのに爆発的に日本を浸食しているのかもしれない。小泉圧勝に覚えたとまどいは、たぶんここでもあてはまるのだろう。


コンピュータ・グラフィックスを駆使して説明したり、実験をやってみせるだけがわかりやすさではない、という話で、北海道大学工学部の原子炉材料を研究している先生の話。
核物理の、まずは原子核の説明をする時、先生はテーブルの上に500円玉をいくつか出した。
「原子核は、陽子と中性子で構成されていますよね。両方とも、質量はほとんどおなじです。だからこの500円玉を陽子、こっちの500円玉を中性子とします。それから、原子核のまわりには、電子が回っていますよね。電子は陽子や中性子とはくらべものにならないくらい質量が小さくて…」
といいながら、一円玉をテーブルにおいた。
「それで陽子は、原子核の周りを回るんですが、テーブルがせまいので…」
太陽を原子核とすれば、電子は太陽系の天王星や海王星のようなもので、とてつもなく離れた軌道を周回している。(それを教科書や模型で実感することはなかなか難しい。) しかし、長さが2メートルもある会議用テーブルのうえで、端のほうに500円玉の原子核をおき、もう一方の端に1円玉の電子をおいて、ほんとうはもっと離れているんですが、といわれると、その距離感に実感がわいてくるのだ。
そして、500円玉でおはじきをしてみると、アルファ線とベータ線の軌跡の違いが自然に感じられる、という寸法だ。


オーストラリアと日本のホビーショップの違いの話も興味深い。
(オーストラリアのホビーショップに入ってみると)プラモデルもあるのだが、航空機や自動車などはほんの少しだ。それよりも人体の小さな骨格模型や、半割にして内部の構造を見ることができる潜水艦、やはり内部がわかる中世ヨーロッパの城郭の組み立てキットなど、驚くばかりの品々である。そのうえミニチュアの固体ロケット・モーターや、電子回路のキットから化学の実験セットらしきものにいたるまであり、日本の科学館のようだ。(中略)
ひきかえ日本のプラモデルには、原理や構造がわかるような、なるほどと思わせるような製品はない。ひと言でいえば、教育的な効果を期待できるものが、あまりにも少ないのだ。あるのは、戦車や戦艦、航空機や自動車などを正確に縮小し、どこまでも精密に再現しようとするミニチュアばかりだ。ひらたくいえば「盆栽」である。

海洋堂のワールドタンクミュージアムなんて、その最たるものかなぁ。プラモデルですらなく、ただただ精緻なミニチュア。昔、集めたなぁ…(食玩は殆ど捨ててしまったけど、このシリーズだけはとってある)。

ただ、最近は博物館がずいぶん変わってきていて、ミュージアムショップでは面白い物がいろいろ買えるようになってきたという。親子で博物館に出掛け、気分が盛り上がったところで模型を買って帰って一緒に作るというのは、いかにも楽しそう。

他にもいろいろ紹介したい話はてんこもりなのだけど、余力がないのでメモのみ。

・学習には順序がある。天動説を知らずに地動説などありえない。小学生が天動説で何が悪いのだ。電流はプラスからマイナスに流れる、と習うじゃないか。

・著者のやってみたいこと。あるひとつのテーマについて知りたい時、ワンセットの百科事典だけでどこまでいけるか?(梅竿忠夫)

・日常の光景が大事。国が「ものづくり!」と音頭をとっても無駄だろう。

・どこまでも事実を正面からとらえ、調べ続けること。それは、人文科学的な領域であれ社会科学的な領域であれ、自然科学的な領域であれ、避けてはならないこと。

2007年09月13日 [一般] by スオミ - No Trackbacks このエントリーを含むはてなブックマーク このエントリーをはてなブックマークに追加 1152

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